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広島地方裁判所 昭和28年(ヨ)434号 決定 1953年9月01日

申請人 私鉄中国地方労働組合

被申請人 広島電鉄株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の要旨

(一)  趣旨

被申請人会社が昭和二十八年八月二十四日制定した「希望退職者特別取扱要領」と題する規定の効力を停止する。

(二)  理由

被申請人会社は昭和二十八年八月十九日申請人組合広島電鉄支部に対し「業務の合理的運営について諮問したいので本日午前十時より協議会を開催したい。」旨申入れ、右協議会に於て会社経営合理化の為の人員整理の方法として別紙記載の希望退職者特別取扱要領(以下本件要領という)と同趣旨の説明をなし、ついで同月二十二日前回に引続き協議会を開催したが、被申請人会社は組合側の申入れに対し「考へてみる」との回答にて協議会を打切り同月二十四日本件要領を制定し、これを募集範囲の全従業員に送付して右要領による退職者の勧誘に着手した。併しながら、右の措置は左記の理由により、労働協約の規範的効力に違反するものである。

(1)  本件要領によると、解雇者の基準、職場、職称を定め、且その説明として被申請人会社の示すところによると、関係職場要員の一割に及ぶ減員を企図しているものであつて、名を希望退職者の募集にかりる実質的な強制解雇であるばかりでなく、仮令強制解雇でないとするも当然の結果として関係職場要員の一割に及ぶ減員を来し、大量の配置転換も予想され各職場の労働条件に非常な影響を及ぼすこと必至であるから、本件要領による希望退職者募集措置は申請人組合及び被申請人会社間の現行労働協約第十五条第九号所定の「事業の都合により止むを得ない事由があるとき」の解雇に該当し、同協約第十六条により「やむを得ない事由のみでなく解雇するについての具体的基準、職種別、人員について協議する」ことを要するものである。然るに被申請人会社は今回の措置は業務の合理的運営に関する事項であるから、右協約第九十九条第二号の諮問事項であるとして、申請人組合との協議会に於て該原案を示した丈で協議に附せず、一方的に制定したもので労働協約の規範的効力を有する解雇協議約款に違反するものである。

(2)  仮に右主張が理由がないとしても、前記協議会に於て、申請人組合は今回の希望退職者募集は前掲事由により当然協議事項であると主張したのに対し、被申請人会社は業務の合理的運営に関する事項であるから単なる諮問事項に過ぎないと主張し、協約の解釈適用に関し疑義を生じたものであるから協約第九十九条第一号(2)の「協約の解釈運用に関する事項」に該当するものとして同条により協議を要するものであるのにこれが協議に応じない。

(3)  仮に右主張も亦理由がないとしても、被申請人会社は前記協議会に於ては、信義則に基き組合側の納得の行くまで諮問事項の内容を説明し組合側のこれに対する答申を期待する態度をとるべきであるのに、形式的に諮問に附したという丈であつて、労働協約に規定する諮問手続を経ていないというべきである。

よつて申請人組合は被申請人会社を相手取り御庁に労働協約による協議義務履行請求の訴を提起すべく準備中であるが、被申請人会社に於ては本件要領に基き着々勧誘を進めている状況にあり、本件要領の効力は昭和二十八年九月二日午後四時限り消滅するので、早急に右規定効力の停止を得なければ、申請人組合において著しい損害を蒙るから本件申請に及んだ次第である。

第二、当裁判所の判断

疎甲第一乃至第八号証に申請人代理人及び被申請人代理人各審訊の結果を綜合すれば、被申請人会社は申請人主張の様な協議会を経て、昭和二十八年八月二十四日本件要領を制定し、これに基く希望退職者の募集に従事していること、及び被申請人会社及び申請人組合間の現行労働協約に於て申請人主張の様な定めがなされていることが一応認められる。

(一)  先づ、被申請人会社が本件要領を定めるにつき申請人主張の様な協議を要するか否かの点につき判断する。

疎甲第一号証によれば、被申請人会社及び申請人組合間の現行労働協約に於ては、その第十五条に「会社は次の各号に該当する場合のほか組合員を解雇しない。」として、

一、本人が退職を申出たとき。

二、停年に達したとき。(満五十五年に達した翌日とする。)

三、休職の事由が消滅し五日以内に復職しないとき。若しくは休職期間が満了したとき。

四、不具廃疾となり、又は精神若しくは身体の障害によつて職務に堪えられないものと認めたとき。

五、業務上の災害による障害といえども、職務に堪えず打切補償が給付されたとき。

六、本籍、住所、生年月日、家族状態又は重要な経歴を詐り若しくは虚偽の事項を記載した書類を提出し、又は事実の申述を秘匿する等不正手段によつて雇入れられたことが判明したとき。

七、懲戒解雇、諭旨解雇に決定したとき。

八、労働能率劣悪と認めたとき。

九、事業の都合によりやむを得ない事由があるとき。

を制限的に列挙していることが認められる。これによつてみれば、第一号は本人がその意思により退職を希望する場合であり、他の各号はいづれも本人の意思如何に拘らず会社が一方的に解雇する場合であることは右規定の文言及び規定の立て方自体に徴し明らかである。然るところ本件要領が会社の一方的解雇基準を定めたことを認めるに足りる疎明はなく、却つて前掲争なき本件要領の内容並に疎甲第四、五、七号証及び疎甲第八号証に添付された交渉経過の概要と題する書面を綜合すれば、被申請人会社に於ては、会社経理の苦境を打開する為、経営の合理化に迫られ、人件費の節減の為、約八十名の人員縮減を計るについて、従業員(昭和二十七年九月一日以降、入社の者、並に昭和二十九年三月末日迄に停年となる者及び軌道、市内郊外乗務員、自動車整備工並に休職者を除く)にして昭和二十八年九月二日午後四時迄に退職を申出で会社が之を認めた時は臨時に現行「退職金の給与に関する協定書」によるよりも有利な退職金支払率の適用をなすべきことを定めた本件要領を制定し、これに基いて、退職を希望する者については本件要領が一率に適用されるが、退職を希望すると否とは従業員の自由な意思に委ねられていることが一応認められるから、本件要領による希望退職者募集措置は前記協約第十五条第九号による解雇には該当しないというべきである。そうすると、本件要領の制定並にこれに基く希望退職者募集措置について被申請人会社は協約第十六条所定の協議をなす必要のないこと明らかであるからこの点に関する申請人の主張は理由がない。

(二)  次に申請人は、申請人組合は被申請人会社との協議会に於て、本件要領による希望退職者募集措置は協議事項であると主張し、被申請人会社は諮問事項に過ぎないと主張し、協約の解釈適用に関し疑義を生じたものであるから協約第九十九条第一号(2)の規定により協議を要すると主張するが、本件要領制定当時申請人主張の事項が争となつたという点の疎明はない。もつとも疎甲第八号証に添付された別紙(三)申入書と題する書面によれば、昭和二十八年八月二十四日付で申請人組合は被申請人会社に対し、協約の解釈適用に関し申請人主張の疑義があるという理由で団体交渉を申入れた事実は一応認められるが、右申入れは同号証に添付された交渉経過の概要と題する書面によれば、労使間の協議会は昭和二十八年八月二十二日の第二同協議会を以て打切られ被申請人会社に於て同月二十四日本件要領を申請人組合へ通告した後になされたものであることが一応認められるので、これを以て前記事実の疎明となすに足りない。よつてこの点に関する申請人の主張も理由がない。

(三)  次に申請人は申請人組合及び被申請人会社間の協議会に於て被申請人会社は労働協約所定の諮問手続を経ていない旨主張するけれども、該事実を認めるに足りる疎明はなく、却つて疎甲第五号証及び前掲疎甲第八号証に添付された各書面によれば、被申請人会社は申請人組合との協議会に於て本件要領の原案につきその内容を示し、その趣旨を説明し、申請人組合の答申を求めている事実が一応認められるから、労働協約第九十九条第二号による疏問手続としてはこれを以て足りると解する。よつてこの点に関する申請人の主張も亦理由がない。

以上の説示により明らかなとおり、本件申請は保全すべき権利の疎明がないので爾余の点につき判断する迄もなく失当として却下すべきものとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用した上主文の通り決定する。

(裁判官 宮田信夫 胡田勲 藤野博雄)

(別紙)

希望退職者特別取扱要領

第一 従業員(昭和二十七年九月一日以降入社の者、並に昭和二十九年三月末日迄に停年となる者及び軌道、市内郊外乗務員、自動車整備工並に休職者を除く)にして本要領による退職を申出で会社が、之を認めた時は、本要領の定めるところにより臨時に特別の取扱いをする。

第二 本要領による退職希望の申出は、昭和二十八年九月二日午後四時限りとする。

退職願は別に定めた様式により、直接所属部課長又は人事課に提出しなければならない。但し郵送する場合は、同封の封筒を使用するものとする。

第三 本要領による退職者の退職金支給に関しては現行「退職金の給与に関する協定書」の「停年に達し退職した者の場合」を準用する。

第四 本要領による退職者には特別慰労金として次の通り支給する。

勤続 五年未満に対し 本給 二ケ月分

〃  五年以上〃   〃  三ケ月分

〃  十年以上〃   〃  四ケ月分

〃  十五年以上〃  〃  五ケ月分

〃  二十年以上〃  〃  六ケ月分

〃  二十五年以上〃 〃  七ケ月分

第五 本要領による退職者で係長(含同待遇者、副係長)以上の役付社員に対しては役付功労金として前項の外に本給の一ケ月分を支給する。

第六 本要領による退職者で退職時に従業員慶弔見舞規程第八条に該当する者については退職後六ケ月を限り、当該事実が消滅するまで引き続き見舞金を贈呈する。

第七 本要領による退職者の退職時に有する年次有給休暇、振替休日についてはその日数に応じて金一封を贈呈する。

第八 本要領による退職者にして退職者優待乗車券発行規程に該当しないものと雖も、在職期間五年以上十年未満の者に対しては六ケ月を限つて優待乗車券を発行する。

第九 本要領による退職者にして、現に社宅に居住しておる者は、事情止むを得ない場合に限り特に社宅の明渡しを一ケ年間猶予する。

附則

一、本要領の有効期間は本要領制定の日より希望退職者に対する特別取扱事務の完了した時までとする。

二、本要領における現行「退職金の給与に関する協定書」とは昭和二十七年四月二十五日協定されたものを云う。

三、本要領における本給は昭和二十八年八月十五日現在のものを云う。

以上

希望退職者取扱要領説明

一、応募者範囲

昭和二十七年九月一日以降入社の者並に昭和二十九年三月末日迄に停年となる者及び軌道課、市内自動車課、郊外自動車課の乗務員、自動車整備工並に休職者を除く全従業員

二、退職金

本給×〇、九五×停年退職支給率

三、停年退職支給率

勤続年数

基準月数

(支給率)

1

1.00

2

2.12

3

3.27

4

4.48

5

5.75

6

7.08

7

8.47

8

9.92

9

11.43

10

13.00

11

14.63

12

16.32

13

18.07

14

19.88

15

21.75

16

23.68

17

25.67

18

27.72

19

29.83

20

32.00

21

33.80

22

35.60

23

37.40

24

39.20

25

41.00

26

42.40

27

43.80

28

54.20

29

46.60

30

48.00

31

49.00

32

50.00

33

51.00

34

52.00

四、特別慰労金本給の二ケ月乃至七ケ月分

五、役付功労金本給の一ケ月分

六、年次有給休暇、振替休日の残日数については金一封を別途考慮します。

七、慶弔見舞規程第八条適用中の者については退職後六ケ月間見舞金の継続支給。

八、当社健康保険組合から保険給付を受けている者は健康保険法の定めによつて引き続き受給の資格があります。

九、厚生年金保険法で脱退手当金、年金の給付を受けられる資格のある者もあります。

十、健康保険と厚生年金保険についての詳細は当社庶務課保険係えお問合せ下さい。

十一、失業保険法の定めにより、退職した月の翌月から六ケ月間は失業保険金(過去六ケ月間の給与総額の一ケ月平均の六割)の給付を受けられます。

以上

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